海外文学アドベントカレンダーという、2020年の開催時もたくさん見ていた素敵な企画に参加させていただきます。12月20日の担当です。
当初は、今年読んで一番よかったと思っているオクタヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』の話をしようと思っていた。今年の出版だが原著は1995年に出ている。久々にどんぴしゃのSFにかちあった喜びに震えており、他の著作もどんどん邦訳されることを願ってやまない。
と思っていたら、ちょうど今回のアドベントで12月10日ご担当の倉田タカシさんがバトラーの「パターニスト」シリーズについて書いてくださっていた。嬉しい。このシリーズも絶対読む。
が。今の自分が一番面白く海外文学の話を書けるテーマは何かというと、『指輪物語』を読むのが楽しくて楽しくてしょうがないという点にほかならない。
2022年秋、ロード・オブ・ザ・リング三部作がIMAXで劇場上映された。「旅の仲間」こそ間に合わなかったものの「二つの塔」「王の帰還」を鑑賞し、号泣。しばらくして覚悟を決めて原作本を手に取り、目下読み進め中である。
※気になる方もいると思うので追記しておくと、自分が読んでいるのは1992年初版の瀬田貞二・田中明子訳の第10版。
トールキンに触れるのはこれが初めてではない。とにかく分厚い本を求めていた子ども時代、『ホビットの冒険』は読んでいたのである!『指輪物語』は当時読めなかった「茸」(きのこ)という漢字を連発されたため挫折した。フロドたちがホビット庄を出る前のことだった。
しかし、今回改めて『指輪物語』を手に取り、話を一通り知った状態でかの有名な「序章」を読んでおののいた。トールキンが広げている風呂敷の大きさに。どういったモチベーションを元にこんなことを、と思うレベル。
善悪のあり方は今のところ非常に単純で「白」は善!「黒」は悪!というのが徹底されており、オークやトロルや「褐色人の国」の人たちがだんだん気の毒になってくる言われようで、この作品が多くのファンタジーの基になった功罪は確実に感じる。
その一方で、
- フィクション史上最悪に厄介な無機物である「ひとつの指輪」を
- ホビットと自称する、世界的に知名度が激低い種族が
- 敵陣のど真ん中に破壊しに行く逃避行である
という筋は今味わっても新鮮だし、アツい。
なかでも私のお気に入りはエントである。ご存じない方のために説明すると、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーのグルートをさらにうんと大きくしたような喋って歩く巨木である。
かれらが(エントは全員男性であり、女性は?というのが原作には書いてある。私はこのあと女性エントが伝聞でなく登場することに非常に期待している)、木を切り燃やす勢力に対して奮起し、行進するシーンは、映画でも原作でも最高にアガると同時に、とても寂しい。
だから今のところ一番好きなシーンである。エントたちは、自分たちが戦いに負け、滅ぶ可能性を認識している。
「わしらはこの世を去る前に他の人たちを助けてあげられるかもしれぬ。(中略)わが友よ、歌というのは木と同じで、それぞれの時が到ってはじめて、それぞれの仕方で実が生るもの。時には時機を得ぬままに枯死することもある。」
『二つの塔』上巻、148ページ
こんな寂しい進軍があるだろうか。太古から生きてきた木の精霊が味方についたのに、かれらが敵陣に攻め込んで豪快に大暴れするのに、かれらの視野に入っているのは立ち枯れていく木なのだ。
引用に歌が出てきたが、『指輪物語』原作にはとにかく歌が多い。人間もエルフもホビットもエントもたくさん歌を知っていて、作中で歌う。
それらはそれぞれの言語から「共通語」に訳されて仲間に紹介され、さらにそれをトールキンが英語に訳した、ということになっている。多くが、いなくなってしまったものを惜しむ歌である。
特に結末を踏まえれば、『指輪物語』全体が、長い長い善きものの葬送歌であると読むこともできるかもしれない。
きっと子どものときの私だったら、いろいろなファンタジーを読み漁っていたとはいえ、この寂しさには耐えられなかったんじゃないかと思う。
だから、大人になってそれなりに失うことを知った今、トールキンの作り上げた緻密な世界観と言語にがっぷり四つであれこれ言いながらこの作品を読めていることが嬉しく、作品自体が私にとってプレシャスなものになっている。
以上、『指輪物語』を読んできた人であればとうにご存じであろうことを書いてきた。でもn番煎じで出せる味があるかもしれないと思い、読み途中の感想文を上げるという暴挙に出た。
余談だが、『指輪物語』の日本語訳はですます調のため、一層おとぎ話らしさを増しており、音読するとリズムが非常に心地いい。寒い夜長に音読したい寂しい物語があると、自分の寂しさにも自分だけのものではないように思えて、勝手に少し嬉しい。
アドベントに参加された方、これを読んでくださった方が、2023年もいとしい本にめぐりあえますように。ハッピーホリデー!